35.4℃の熱 2


あなたが望めば、あの時私が殺してあげたのに。



イヤホンから聞こえ続ける嗤い声。
遠ざけねば。こんな姿は見せられない見せたくない。
「扇さん、ゼロが人払いをと。藤堂さんや四聖剣の人たちも、今日は休んでって」
「ん、わかった。まさか白兜のパイロットが、あの枢木スザクとはなぁ。ゼロが助けてやったってのに」
「そう、ね」
そうね、今ならわかるわ。あの時あなたが助けた訳が。
大切な大切な友達だったからなんでしょう。

でも道は、違ってしまったのよ。

一度ゼロとルルーシュの関係を疑って、その時はその策で潔白を演じて見せられた。二度目は、今日。もう惑わされない。
「ゼロ、ゼロ。私です、カレンです」
インカム越しに語りかける。何度でも何度でも。彼が嗤い疲れるまで。
人目を、人の気配を探りながら、何度も何度も。
ようやく辺りが静まりかえった。
「ゼロ、私よ、カレンよ。聞こえてる?ルルーシュ。聞こえてる?」
声が、止まった。
「ルルーシュ私が剣になるから私が盾になるからルルーシュお願い出てきて姿を見せてお願いだから一人でいないで私ならここにいるから」
ルルーシュ。
そう、何度読んだ時だろう。

プシュゥゥゥ

コックピットの開く音。
「ルルーシュ!」
ゼロは出てこない。ルルーシュの姿は見えない。
行かなきゃ。私が。枢木スザクではなく、私が。

タンッ

はやくはやく。一秒でも彼を一人にしてなんてけないから。
「ルルーシュ」
覗いたコックピット。仮面越しでは見えなかった黒髪が、あった。
「ルルーシュ」

「指示を、と言ったな」
枢木スザクを前にして、私はあなたに指示を求めた。
「言ったわ。今だって、あなたの指示に従う」
「騙していたのに?今だって、お前に言っていないことだらけなのに」
「あなたが望むのなら、あなたの前に立ちはだかる者がいるのなら、それが誰であろうと私は倒すわ」
この髪も目もパイロットスーツもナイトメアフレームも、全て血の朱に染めてみせる。
「私があなたの剣となり盾となる」
「俺が何者でもか」
「今更、そんなことを聞くの?顔も知らないあなたに、私はついていくと誓ったのよ」
「あぁ、そう、そうだな」
「ルルーシュ。言いたくないなら言わないで。何も聞かないから。言いたくなったら言って。喜んで聞くから」
顔が見えない。黒髪が彼を隠している。
「カレン。スザクが、白兜のパイロットだったんだ。俺は、ずっと、スザクを殺そうとしてたんだ」
「そうね、私も白兜が邪魔だと思ったわ。今でもそう思ってる」
「カレン。俺は、スザクとナナリーに幸せでいて欲しかったんだ。二人が幸せでいてくれるなら、俺はそれで充分だったんだ」
「二人は置いていくつもりだったの?」
「二人に優しい世界が欲しいんだ」
「でも、私は連れてってくれる気だったのよね」

初めて、ルルーシュが顔を上げる。
瞳には、力。
「あぁ、悪い。お前は連れて行く」
その言葉に感じた高揚を、何と現せばいいのだろう。

「あなたが行く場所なら例えそこが地獄の釜の中でも、喜んで」
この身を。

「カレン、スザクが敵になった」
「そうね。あなたが望むなら、倒すわ」
「スザクは、敵だ」
言い聞かせるような声。そうよ、スザクはあなたの敵になったの。
ルルーシュが納得できたのかなんてわからないけれど、それでも瞳には光が戻ったことに、安堵した。

「お前に俺の秘密を教えよう。それを聞いてもまだ、俺について行くと言うのなら…」
「信じられないなら、何度でも誓うわ。不安なら何度試してくれても構わない」
遠い国の物語みたいに月になんて誓わない。誓うなら、あなただ。
「俺は、俺が棺に入れた名は」
親が敵対し合う家の子ども達はコイビト同士だった。
片方は毒薬を飲んで仮死状態に。コイビトと駆け落ちしようと約束一つ。でもコイビトは現れなかった。
絶望した死体は棺の中。
キスしたら目覚めてくれるのかしら。

告げられる名前に、目を瞠る。あぁ、キョウトの御仁は、だから顔を見せられないと、それでも保証すると言ったのね。
それならば。
「私があなたの騎士になる」
彼をこれほど哀しませる、スザクなんかには絶対に渡さない。
「決めて、ルルーシュ。誰を騎士にするのかを」
「俺は、スザクにはナナリーの騎士になって欲しいと思ったんだ」
「そうね。でも本当は、自分の騎士になって欲しかったんでしょう」
つきつけてあげる。あなたの望みを。救ってあげる。叶わない望みを。
「わからないんだ。もう、わからない」
「なら選んで。お願いだから」
構わないのよ。あなたを守れるなら身代わりでも。

「はじめから選んでいるよ。俺の騎士は、お前だ。カレン」

泣きそうなルルーシュ。嘘つきなルルーシュ。
ポーカーフェイスが台無しよ。
はじめから選んでなんていないくせに。
でも、私を連れて行ってくれる気だったのは本当。
それだけで私は充分なの。

だから、絹糸のような黒髪を抱き寄せた。
この人を傷つける者は誰であろうと許さない。

私は彼の、騎士。






月明かりの下、狭いコックピットの中で、どれだけそうしていただろう。
きっと、ルルーシュはこんな風に抱きしめられたことなんてないんだと思う。きっと、ナナリーちゃんをこの細い腕で抱きしめるばかりだったんだと思う。
傷つきながら、ずっと。今だって、こんなに傷だらけなのに。
私が癒せるなんて、思い上がりはしないけれど。
もうこれ以上、誰にも傷などつけさせない。

お互いの呼吸しか聞こえない世界を、壊すのはイヤホンから聞こえた声。
『ゼロ、ラクシャータだ』
『…どうした』
『ゼロに会わせろと煩い男がいる。どうする?』
『誰だ』
『ロイド・アスプルンド』
初めて聞く名前。けれどルルーシュはその名に弾かれたように顔を上げた。
『身体チェックをして、私の部屋に通せ』
『わかった。いいんだな?』
『構わない』
切れる音声。
「ルルーシュ?」
「本国にいたころの、知人だ」
「大丈夫なの?」
「アイツは誰の側にもつかない」
それは、面白い男かもしれない。
私と同じ望みを持つのなら、ブリタニア人とだって握手できる。
憎いのは、日本を壊した人間。倒すのは、ルルーシュを傷つける人間。

あなたはルルーシュを守るために来たのかしら?それとも傷つけるために来たのかしら?
今ここで、一生を左右する選択を。





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