35.4℃の熱 3


双眼鏡の中、広がる世界はまるで夢みたいだ。
ゼロが率いる、日本解放戦線のナイトメアフレームに追い詰められていく白い騎士。
「これは、こんなことが出来るのは」
僕のランスロットの行動が先読みされている。
その様は、まるでチェスの盤上を見ているかのよう美しく、そしてどこまでも他人事。
ぞくぞくするねぇ。
思い出すのは、7年以上昔の話。
温室の薔薇とは大違いの野薔薇。あの、棘を思い出す。
まるであの日の君が目の前に蘇ったみたいだ。
死んだはずの、君が。

ラクシャータ。アレがゼロの側にいるはずだ。
ゼロに、彼に接触するためには。
「ねぇセシルくん。ラクシャータに、会いたくなぁい?」
「っ何を、いきなり言うんですか!そんなことよりもスザクくんが!!」
「大丈夫だよぉ。彼ならね。そんなことよりも、僕の質問に答えてよ」
返答如何では、君も連れてってあげるかもしれないんだけどぉ?
「…今は、まだ、会えません」
「ふぅん。それはざぁんねん」
君ともここでお別れかな。



『久しぶりだねぇラクシャータ』
『何の用だ、ロイド』
『ひどいなぁかつての同僚に向かって。ま、いいけどねぇ。ねぇ、ゼロについたでしょ』
『あぁ。それがどうした?』
『僕もそっちに行きたいんだ』
『はぁ?とうとう沸いたか?』
『僕は本気だよ、ラクシャータ』
『どういう風の吹き回しだ』
『ゼロが僕の王様かもしれないから』
ゼロが僕の王ならば、その足元に行かなければ。
『何を、知っている?』
『別にぃ。そんなことより、僕はゼロに会いたいって言ってるんだけど』
『会わせなければ?』
『君の弱味はこっちにあるんだけど、忘れちゃったぁ?』
『…ポイントA9s113だ』
『あーりがとーぉ』

「ロイドさん!」
通信を切ったところで声がかかる。ラクシャータの弱味から。
君もまだまだ、甘いねぇ。
「なに〜。僕はランスロットの修理で頭がいっぱいなんだけど?」
はやく彼に会いたい。今すぐ。
「大変なんです!ユーフェミア皇女殿下が!!」

「へぇ。それは大変」
正しく他人事でそう言った先、ふと思い出す。
枢木スザクは彼が預けられた家の子どもだ。
そういえば、枢木スザクはシンジュクで、人を探してはいなかったか。
大切そうな相手を。黒髪で紫の目をもつ学生を。
そして枢木スザクが裁判所までの移送中、助けたのはゼロだ。
これは、大変。
もしかすると、彼とは深い仲かもしれない。
もしかすると、彼は泣いているかもしれない。
決して、涙なんて見せないだろうけど。
「それじゃ、後はよろしく〜」
「ロイドさん!?」
はやく行かなきゃいけないんだよね。
もしかすると震えている、オヒメサマを抱きしめに。

セシルの声なんて僕を止めるのに何の役にも立ちはしない。






「本当に来やがった」
言われたポイントに着けば、眉を顰めた女が一人。
「当然でしょぉ?それで、僕の王様は?」
「今呼んでやる」
嫌そうな顔のまま、インカムで呼びかけ始めた。

「許しが出たぞ。ゼロの部屋まで連れて行ってやる。お前、ゼロとどんな仲なんだ?」
「ん〜そうだねぇ。僕の将来を誓った仲、かな」
やっぱり僕の勘は外れなかった。ゼロは、彼だ。



プシュゥという音を立てて空く扉。
現れたのは、ゼロと紅い子。
「僕はゼロと二人で会いたかったんだけどなぁ」
「お前がゼロに害を為さないと、どうして証明できる?」
「君がゼロの何を知ってるかも僕は知らないのに?」
睨んでくる目。うん、いい目だねぇ。
「落ち着けカレン。ロイド・アスプルンド。目的を聞こうか」
「この子、カレンっていうの?ゼロの何?」

「私の騎士だ」
堂々と言う王様。誇らしげな騎士。
「あ〜あ。セシルくんが邪魔するから先越されちゃったよ」
本当に残念だ。
「僕の目的だっけ?ねぇ殿下、僕も騎士にしてくれません?」
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア皇子殿下。これでも本気であの時からそう望んでいたんですよ。

「枢木スザクは、世間知らずの箱入り娘に盗られちゃいましたし」



これは憶測。殿下と枢木スザクがどんな関係だったかなんて知らないけれど、怒られたら彼が泣きそうだという証拠。
「どういうこと!?」
食って掛かるのはカレン。正解、みたいだね。殿下は怒る余裕もないみたい。
どいういうことって、そういうこと、なんだけどね。
「ねぇ殿下。そんな仮面、取って下さいよぉ。必要ないでしょ?泣きそうな顔、僕に見せて」
「誰が、泣くか」
「ですよねぇ。だってここには僕がいて、騎士のカレンもいるのに、そんな必要ないですよねぇ」
手を伸ばして仮面を、外す。
「綺麗ですよぉ殿下。水膜が張ったみたいに揺れてる紫色がとぉっても」
両手で頬を包んでも無抵抗なんて、そんなにショックだった?
「お母様に似て美人さんになりましたねぇ。お父様に似なくて本当に良かった」
「うるさい」
「ねぇ殿下。ちゃんと殿下が生きてるって教えてくださいよ。僕はずっと殿下は亡くなられたと思ってたんですよぉ?安心させて下さい」
「しらない。お前は何してたんだ」
「シュナイゼル皇子のところで新世代ナイトメアフレームを」

「お前!お前が白兜を造ったのか!?」
「そんなに怒らないでよね。僕は、ゼロを倒すために造ったわけじゃないんだから。むしろその逆」
「…まだ、覚えていたのか?」
「当たり前ですよぉ」
縋るみたいな瞳がイイね。
あの頃みたいだ。いつも精一杯虚勢を張った顔が崩れた瞬間。
「だって約束したでしょう。殿下だけの、ナイトメアフレームを造ってあげるって」
あの離宮の草むらで、内緒話をたくさんしたね。
僕があげたナイトメアフレームの知識、ちゃんと使えたみたいで嬉しいよ。
「あの時お前は魔法使いだった」
まほうつかいと、僕をそう呼んだオヒメサマ。
悪い魔法使いかもしれないね。オヒメサマを独り占めする。
「僕は今でも魔法使いだよ?だからオヒメサマが望むことならなんでもわかるんだ。ブリタニアの情報も、ゼロのためのナイトメアフレームも、みんなみんな出してあげる」
一番欲しいものはもうあげられないけれど。

「騎士にも変身できる魔法使いはいかがですか?」

お買い得ですよぉとおどけて言えば、彼はようやく笑ってくれた。
「スパイもするつもりか?魔法使い」
「殿下が僕を騎士にしてくれるなら」
「カレン、どう思う?」

「あなたがルルーシュを傷つける者は許せないというのなら」
まっすぐに僕を射る紅い稲妻。痺れそう。
「僕と君は気が合いそうだね」

さしずめ目下の敵は。
にやりとお互い口角を歪めた。

「歓迎するわ。私は紅蓮弐式のパイロット。カレンよ」
「ロイド。よろしくぅ」
握手なんて必要ないでしょ?
だから王様の、泣きそうな右側の紫水晶の縁にキスをした。
彼女を見れば、王様の左肩を抱きしめるように包んで僕の行動をトレース。
笑いあって抱きしめた。
僕らの世界の中心を。



端から端へ移動して、僕は黒のナイトになった。さて、次はどの升目に進もうか?
もちろん狙うは、白のナイト。





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