35.4℃の熱 4


「お帰りなさい、お兄様」
涙の跡をそのままに、ルルーシュの大切な妹は兄を出迎えた。
「ただいま、ナナリー。遅くなって悪かった」
「大丈夫です。私より、お兄様は」
「大丈夫だよ、俺は。大丈夫だ」
もう決めたのか、お前は。
本当に決めたのか、友を捨てる覚悟を。

「ニュース、聞いたんだな」
涙の跡を優しく辿って、そう呟く。
ナナリーはその優しさを甘受しながら、問いに答えず質問を返す。
「お兄様、スザクさんに大切な話しって、何だったのですか?」
あぁ、あの時はまだ垣間見たあの夏の日が続いていたというのに。
「スザクに、ナナリーの騎士になってくれないかと、話そうと思ったんだ」

「もう、お話しはできませんね」
彼らは姫の亡骸と皇子の亡骸でしかない。どうやって生きているオヒメサマに対抗できようか?
「あぁ、できないな」
「二人だけです。お兄様。二人だけになってしまいました」
伸ばした小さな手は、ルルーシュの背中に回る。
「咲世子さんもいて下さいますけど、二人だけです」
小さな小さな世界を、どうして世界は放っておいてはくれないのだろうか。
小さな小さな世界を、どうして守っていけばいいだろうか。
「お兄様の騎士は考えていらっしゃらないんですか?」
二人だけと言ったその口で、二人だけであることを望むかのような口ぶりで言うには不釣合いな質問。

「今日、騎士ができた」
少し、バツの悪そうな口ぶりで返ってきた答えは、彼女の望むものだったのだろうか。
知る術はないけれど彼女は嬉しそうに尋ねる。
「どなたですか?紹介して下さい」
「生徒会の、カレンと、それから、ロイドだ」
「カレンさん、お身体が弱いと聞いていましたが」
「猫を被ってるだけさ」
「そうですか。それなら、良かったです。ロイドさんって、魔法使いのロイドさんですか?」
「よく覚えていたな。その、ロイドだよ」
「ロイドさんなら、安心です」
カレンさんの力量は存じ上げませんが、ロイドさんのことは少しなら知っていますから。
思い馳せるのは、まだ目が見えた頃の話か。
「カレンは、飛んできたコルクや蜂を手刀で叩き落とせるぞ」
「まぁ、それは凄いですね!」
「ロイドはまだ魔法をつかえるし」
「ずるいですわ、お兄様。私もお会いしたいです」
「ロイドは今は軍にいるんだ。ちょっと難しいかな」
スザクの上官として、とは言わないんだな。
「お兄様に会うために、抜け出して来られたんですか?」
「あぁ。相変わらず無茶をする」
涙の跡なんてなかったように、笑いあう。
「安心したら、眠くなってしまいました」
「運んでやろう」
「お願いします」
車椅子から折れそうな身体を抱き上げて、部屋まで抱えて運ぶ。
細い身体が、更に細い身体を運ぶ姿なんて見ていられない。
「おやすみなさい、お兄様」
「おやすみナナリー、いい夢を」
目覚めた朝が、彼女に優しい光でありますように。
キスを落として、ルルーシュは扉を、優しく閉じた。



「珍しいな、お前が大人しくしているなんて」
初めてルルーシュが私を見る。
「気を使ってやったんだ、感謝しろ」
「それなら今日ぐらい、一人にしてくれてもいいだろう」
落とされた言葉は、ルルーシュの弱さ。
一人で悲しみにでも暮れてみせる気が?泣ける強さすら、もっていないくせに。
「嫌だ。このベッドは気に入っているんだ」
ふかふかでスプリングの効いたベッドは私のお気に入りなんだ。
だから本当は、もうお前なんか寝かせてやる気はなかったのだけれど。
「ルルーシュ」
ぐい、と腕を引っ張れば、面白いぐらい簡単に倒れこんでくる身体。
「う、わ!?」
ぽふん、と軽い音を立ててベッドは私達を受け止めた。
「私とお前は共犯者だ」
皇子と騎士なんて関係は要らない。私とお前が誰であろうと、この関係は共犯者でしかない。
「一蓮托生とでも言ってくれる気か?」
ふっと鼻で笑う顔が間近にある関係。
「寂しいのならそう言え。私は大人だからな、子供のワガママに付き合ってやってもいい」
「なんだそれは」
苦笑が上手くつくれていないぞ。
だから今日だけは特別に。
「おやすみルルーシュ。いい夢を」
額に口付けて抱きしめてやる。

明日からはソファで眠れ。
このベッドは私のものだ。





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