2月14日。
正式な意味合いとは裏腹に、企業の陰謀かこの日は日々の感謝と愛の告白をする日になっている。
女の子からはチョコを、男の子からは花束を。
かくして、うら若き少年少女が通う、ここ、アッシュフォード学園高等部はカカオの香りと花の香りが絶妙なハーモニーを奏でることとなった。
全校生徒からの人気も高い生徒会メンバーともなれば、その獲得数たるや賭けの対象―もちろんダンボール何箱という単位で―ともなりそうなものだが、予想に反して、彼らは非常に身軽そうだ。
理由はそう、2日前の生徒会室。


チョコレート争奪戦 1



「はぁ」
「なにため息ついてるのよルルちゃん。幸せが逃げてっちゃうわよ?」
「そうだよ、ルル。どうしたの?」
からかう会長も本気で心配そうなスザクも、どちらも気遣うのはルルーシュのこと。
「明後日、バレンタインデーだろ」
うんざりと告げる声にカレンダーを見れば、本日は2月12日。
「なんで?ルルならたくさんチョコもらえるんじゃないの?」
本気で不思議そうなスザクに、苦笑するのはリヴァル。
「スザクは知らないから言えるんだよ」
その言葉に押し隠すのは、不意に頭をもたげる嫉妬という名の殺意。上手に隠して続きを促すスザクに、気づいたミレイは視線だけでにやりと笑う。
うるさいですよ、会長。
「去年のルルーシュのチョコ獲得数と花束獲得数は伝説だぜ?お返しするのだって無理で、結局ホワイトデーは学生用メールアドレスにお礼の言葉を一括送信!だもんなぁ」
モテる男はツラいね、と笑うリヴァルが頂戴したのは、女王陛下のおみ足から繰り出される蹴り。
床とキスするリヴァルは視界の端に留めるだけで、それよりも何より、スザクは大切なルルーシュを気遣わずにはいられない。
「花束ももらったの!?」
チョコレートは女の子、花束は男の子の贈るもの。それぐらいはいくら名誉といえども知っている。
病欠していたであろうカレンも、同じ疑問を抱いたのかルルーシュの返答を待っている。
「…あぁ」
心底嫌そうなルルーシュに、今年は僕がルルを守る!と決意をする忠犬が一匹。
「あなたも大変ね…」
普段ルルーシュにキツめなカレンですらも同情を禁じえない。
「中等部は持ち込み禁止にしていたからまだ良かったんだが、高校はな。休んでもクラブハウスに住んでたんじゃ意味ないし」
普段ならプレゼントの類もルルーシュの近寄りがたい雰囲気におされてか渡されないし、渡されても断りを入れる。
その分、反動があるのか何なのかはわからないが、バレンタインデーは浮ついた空気が学園を支配するせいで人数は桁違いだわ押し切られるわで、対処のしようがないのだ。

「ルルちゃん。お姉さん、イイコト思いついちゃった」
天の助けか悪魔の囁きか。
しかしこれに乗らなければ隣にいる友人の発する不穏な空気が、2月14日を阿鼻叫喚地獄絵図に変えるかもしれない。
さすがに純粋にバレンタインデーを楽しむ生徒の邪魔をするつもりもなく、ルルーシュはミレイの案を聞くことにした。
どうか天の助けでありますようにと祈りながら。




『生徒会長のミレイよ!明後日はバレンタインデー。チョコレートはもう選んだ?手作りするためのレシピは決まった?まさかまだ花束を予約してないなんて子はいないわよね?ということで、バレンタインデーに関して生徒会からのお知らせよ!』
一呼吸。ゆっくりはっきり大きな声で。

『生徒会メンバーへのプレゼントは禁止します!!』

一拍空いて響いたのは、学園全体が揺れるかのような、声。
「そんなぁっルルーシュくんに渡せると思ったのに!」
「ミレイ会長にチョコをお渡ししたかったーっ」
「リヴァルくんにチョコあげようと思ったのにぃ」
「シャーリーさんへの花束がっ!!」
「会長!俺っおれ、女王陛下に花束を捧げられるこの日を楽しみにしていたのに非道過ぎます!」
「俺のカレンさんに花束をお渡しできないなんてっ」
「ニーナさんっ俺、あなたに似合う花を必死で探したんですよ!?」

本音とカミングアウトが各地で響く。
大丈夫かしらこの学園と遠くをみるのはカレン。
これだからブリタニアは!
多分に、ブリタニアのせいというよりもむしろこの学園のせいな気がするのだが、そこは見て見ぬふり。

『は〜い。まだ続きがあるから焦らない焦らない』
ピタリ、と止む声。
ふむ。中々良い傾向だ。上に立つものの指示に従えるとは。
妙なところで感心するルルーシュを置いてミレイは言葉を続ける。
『バレンタインデー当日は、生徒会がイベントを企画します。プレゼントはもらえないけど、イベントを楽しみにしててね』
ハートマークを語尾につけてれば、ニーナがタイミングよくマイクのスイッチを切った。

「で、当日は何をすればいいんですか?」
「それはね」
ミレイが内容を説明しようとしたとき、タイミングが良いのか悪いのか、スザクの軍用ケータイが鳴った。
「すみません会長、呼び出しが」
「そう、残念だけどいってらっしゃい。スザクくん、当日は参加できそう?」
「今日行って聞いてみないとわからないんですが」
「わかったわ。こっちは大丈夫だからいってらっしゃい。ただ、当日は参加したほうが君のためよ」
含み笑いの会長に、何が何でも時間を取ってやると決めながら、スザクは一礼して場を辞した。
もちろんルルーシュに一言言うのを忘れずに。

「さぁて、お楽しみのイベント発表よ」
満面の笑みから繰り出されるのは、もはや言葉の暴力と言っていいのではないだろうか。
内容を聞いたルルーシュは、自分の選択をわずかばかり、悔いた。





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