「ルルーシュ!」
爽やかな朝日の差し込むアッシュフォード学園。いつもよりざわついて感じるのは、明日にバレンタインデーというイベントを控えているせいだろうか。
スザクの声にルルーシュはゆっくりと、振り返った。
駆け寄ってくるスザクを認めた途端、それまで背負っていた不幸が逃げ出すから不思議だ。
「おはよう。どうしたの?」
ゆっくりと振り返る、ただそれだけの動作に、スザクの最早動物的と言っても良い勘は働く。
何か、あったのだと。
「あぁ、いや、あの後会長がな」
どこか遠くを眺めだしたルルーシュに、思わず苦笑しながらも、スザクは自分が心配する類のものではなくて良かったと安堵の息を吐く。
会長は、彼で楽しむことはあっても本当に嫌なことはしないとわかるから。
「バレンタインのイベント?」
「そうだ。明日は学校に来れそうか?」
「うん。生徒会でイベントをやるって言ったら、明日は休みにしてくれた。その代わり、今日は午後から向こうに行かなきゃいけないんだけどね」
昨日セシルに頼み込んだ成果だ。ミレイが「来たほうがいい」ということは、「来なかったら壁に頭を百回ぶつけても足りないほど後悔する」と同義語である。ありがたすぎる忠告に従わないわけがない。
「そうか」
良かったと、ルルーシュがそう思ってくれたと感じるのは間違いではないはず。
「スザク、今日は軍の仕事は何時くらいに終わるんだ?」
「?多分、夜になるんじゃないかな」
なら丁度良いか、などと呟き計算をするルルーシュを待つ。
歩調はゆっくりと、階段にたどり着くまでの時間を計算しながら。
「なぁスザク。仕事が終わったら、ウチに寄れないか?」
顔を上げたルルーシュの口から紡がれるのはそんな言葉。
もちろん。君が望むならいつだって。
「仕事が終わったら電話するね。遅くなっても平気?」
こくん、と彼が頷いたところで階段に到達。
ルルーシュの隣を歩くなら、どんな障害物にだって注意する。
「待ってる」
落とされたその言葉に、今日の訓練は昨日よりも高い数値が出せるだろうと確信した。


チョコレート争奪戦 2



「さぁて、お楽しみのイベント発表よ」

バレンタインにチョコも花も渡されないのは、確かにルルーシュにとっては好ましいことである。
ルルーシュは本気で、ナナリーと咲世子、それからミレイからもらえるもので満足している。というよりも、それ以外の贈物はもらっても困るだけなのだ。もちろん生徒会メンバーからのものは純粋にバレンタインというイベントを楽しんでのものだとして嬉しく受け取れる。もっとも、シャーリーからのものだけは上手に鈍感、という仮面をつけて受け取らねばならないのだが。
スザクから花をもらえるとは期待していない。むしろ自分がやるべきかとも思っている。
だから、そう。一応、花束を用意しようかなとは思っていたのだ。ナナリーに咲世子、それから生徒会メンバーに贈るものとは別に。
だが、まさかこんなことになるとは予想していなかった。

「明日の夜、校門が閉まってから、みんなの好きな場所にチョコを隠してもらうわ。これがチョコを入れる箱。で、リボンはコレね。みんな同じサイズだから、誰がどの箱かわからないでしょ?それを、14日に参加者が探すってワケ。あ、隠しちゃいけない場所はここね。簡単に見つかったらつまらないから、一生懸命難しい隠し場所考えて」

会長が考えそうなことだ。イベント自体は、良いだろう。何より、14日の朝、本気で逃亡しようかどうしようか考えるよりははるかに。
ただ、納得がいかないのは。

「隠すのはもちろん、手作りチョコだからね」

男は花束を用意すればいいだろう!?
しかし哀しいかな、ここでは会長ミレイ・アッシュフォードが法律だ。

「本命チョコレート並みに、気合入れてね」
逆らえるわけわけない、あの、笑顔に。
気づかないわけない、その、笑顔の裏側を。




キッチンにはカカオの香り。
エプロンをつけて、買ってきた板チョコに生クリームと粉末のココナッツ、それからココアを道具と一緒に机に並べる。
ココナッツのトリュフのレシピは既に頭に入っている。
「まさか俺がチョコレートを作る羽目になるとは」
嫌いではないから構わないのだが、どうしても抵抗を覚えてしまうのは、自分が作る側に立つという予想が出来なかったせいか。
イベント用に作らなければならないのなら、適当に、それこそ調理実習の感覚で作ってしまえばいいのだ。それなら別に、抵抗も何もない。あるのは義務感だ。
そうではなくて、抵抗を覚えてしまう理由はただ一つ。
本命チョコ。

「なんだ?コレは」
ひょこっと顔を出したのはC.C.。
びくり、と大げさに肩が揺れてしまう。
「いきなり声を出すな」
そう注意されてもそしらぬ顔でルルーシュの後ろから身を乗り出す。
チョコレートだと見てとった瞬間、にやり、とその唇が歪められた。
「ふぅん。あのオトコにやるのか?」
あのオトコ、とは、もしかしなくてもスザクだろう。思わず息を呑んでしまったのを上手く隠さなければ。
「生徒会のイベントだ」
「ほぉう?」
あっさりと返したつもりが、向けられるのはひどく楽しげな眼差し。
「…なんだ」
「いいや?ただ、夜中に来客があるなら大人しく部屋にいようかと思っていたんだが、その必要はなさそうだな」
「おい、どこから聴いてた」
返されるのは楽しげな笑みだけ。
「もちろん、私の分もあるんだろうな」
視線で指されるのはチョコレート。
「…わかった」
本当に、どこから聴いていたんだ。
見透かされているようで面白くない。
だが、逆らうわけにもいかない。
「女に勝てると思うなよ」
お前の考えてることなんてお見通しだ。
ドアは軽やかな音を立てて、閉まった。




「熱っ」
湯銭のためにと、用意したお湯がはねた。
チョコが無事なことを確かめ、右腕を冷水で冷やす。
少し赤くなってはいるが、この程度ならわからないだろう。
大人しくなったスザクは同時に過保護になっていて、かすり傷すら見つかると煩い。
思わず零れた笑みが甘いのは、仕方のないこと。
時計を見ればまもなく21時。
一度連絡があり、スザクが来れるのは22時以降になりそうだと言われた。
それまでには作り終わるだろうが、キッチンからも自分からも、この甘ったるい香りを消し去りたい。こんな匂いを纏わせていたら、何をしていたかすぐにバレてしまう。
別に、何もやましいことなどないけれど、どうせなら、驚かせてやりたい。
このぐらいでいいだろう、とルルーシュは冷水から手を戻し、再びチョコレートの元へと向かった。



『今終わった。これから行っても大丈夫?』
ケータイを開けばスザクからのメール。
キッチンは綺麗に片付けて、自分はシャワーも浴びたから、きっと大丈夫。
『お疲れ。大丈夫だ』
『30分くらいで行けると思う』
『わかった』
それからきっかり30分後、ルルーシュは玄関の扉を開いた。

「お待たせ」
予想通り、柔らかく微笑む制服姿がそこにあった。



「これは何?」
リビングでお茶を飲んで、他愛もない話をして。
できるだけさりげなく、ルルーシュが取り出したのは赤いリボンがかけられた白い箱。
「明日一日中、それを隠し持っていろ」
傲慢ともとれる態度。しかしスザクがそんな態度に気を悪くするはずはない。
「ひょっとして、明日のイベントで使うの?」
「あぁ」
「中身は?」
「黙秘権を行使する」
「当日のお楽しみなんだ?」
「ついでに言うと、開けると無効になるからな」
「本当にお楽しみなんだね」
くすくすと、楽しそうに笑うスザク。
「開けないよ。ルルがそう言うなら、無効とかそんなこと関係なく、開けない」
学生鞄には入らないよね。どうしようかなぁ。
真剣な顔でそう言ったかと思うと、次にはまるで悪戯をたくらむ子どものような顔をしてみせる。
動悸が、激しくなるような真似はしないで欲しい。
いつまで経っても慣れないことに、少しだけルルーシュは悔しく思いながらも、箱をちゃんと渡せたことに安心した。

ここが絶対安全な隠し場所。





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