「おはようルルーシュ」
「あぁ、おはよう」
珍しく早起きだなとルルーシュが見やった先のC.C.は、血よりも赤い薔薇を一輪、差し出していた。
「C.C.?」
「今日はバレンタインデーだからな」
くれてやる、と言う手の中の薔薇は棘が落とされないまま。
「せめて棘くらい落としてくれ」
苦笑しながらも伸ばされる指に、反省なんてするはずがない。
「お前にはこの方が似合いだろう?」
棘に守られた華。
かき傷を作らないように、優しく指を絡め、芳香に酔う。
それを見つめるC.C.が満足気なのは、昨日の約束のせいか薔薇と麗人の姿にか。
「これは俺から」
リボンをかけた箱の中身は言わずもがな。
笑顔でC.C.はそれを受け取る。
「精々楽しんで来い」
薔薇は水差しの中でお留守番。憎まれ口には行ってくるとそれだけ返して、ルルーシュは扉の向こうに消えた。
いざ2月14日という戦争へ。


チョコレート争奪戦 3



「スザク、なんだ、その荷物は」
おはようの挨拶よりも何よりも、目を引くのはスザクの持っている、紙袋。その口から覗く、大きな花束。
「おはようルルーシュ。何って、花束だけど?」
今日は2月14日で、一般的には男性が女性に贈るのは花束で。
「そんなことはわかっている」
そう、そんなことはわかっているのだ。
わからないのは、誰にやるんだとかその相手がわからないことだとかそれがこんなにも胸に痛いことだ。
花束を直視するのもスザクの目を見ることも嫌で顔を背ける。
「ルルーシュ?」
「別に。先に行く」
そのまま早い歩調で立ち去ろうと、したのに。
「おはようルルちゃんっ!」
「うわっ」
後ろから飛びつかれせいでルルーシュの体が大きく揺らぐ。
「っと」
支えるのは横から回された、一本の腕。
「危ないですよ、会長」
「おはようスザク。そんなに怒らないの」
助けてあげたんだから、と続けられた言葉の意味がわからないのはルルーシュだけ。
通じない言葉と腕だけで支えられたことに、少しの悔しさを覚える。
「それにしても大きな花束ね」
「愛がこもってますから」
「ごちそうさま」
そんな会話を聞くのだって嫌だ。
「ねぇルルーシュ。この花、気に入らなかった?」
「なんで、俺に聞く」
「だってルルーシュにあげるものだし。気になるよ」

だってルルーシュにあげるものだし。
もう一度、頭の中で繰り返して、大きな花束を見て、それからもしかしたら今日はじめてかもしれないほどまじまじとスザクの顔を見て。
「俺、に?」
呆けた声にがっくりと肩を落とす男と楽しげに目を細める女。
3人の周りはまるで結界でも張られたように生徒が避けて通る。気になるけれど立ち聞きなんてとても出来ない。
中心を為す華は、そんなこと微塵も自覚してはいないだろうけれど。毒のある棘に刺されるのはご免こうむる。
しっかり自覚している棘は声量を落として、続きを。
「僕がルルーシュ以外に花束贈るわけないでしょ?」
「だって、今日は」
「生徒会メンバーへのプレゼントは禁止。お昼休みは生徒会室に来てね。苺をたっぷり使ったチョコレートケーキを用意してあるから」
「会長?」
「僕からの花は学校が終わってからね。夕食に、誘ってもらえると嬉しいんだけど」
「それはもちろん、って、え?」
計算尽くしで行動するルルーシュは、突発的な事項に弱い。同時に、人から寄せられる好意に疎い。敵意になら、敏感過ぎるほどに反応するのに。
もちろんそんなところも、愛おしいのだけれど。
もう少しだけでいいから向けられる感情に敏くなって欲しいというのは過ぎた願いなのだろうか。
でもわからないのなら何度でも口にして態度で示してわからせてあげる。
「ルルちゃんに愛を捧げるためなら」
「規則なんて簡単にかいくぐれるんだよ」
蒼と碧の誇らしげな輝きに、どんな顔をすればいいというのだろう。
「チャイム鳴っちゃうね。早く行こう」
「お昼のデザート、楽しみにしててね」
もちろん放課後のイベントも。
投げキッスを残して翻る金髪。
あぁ本当に、どうすればいいんだろう。
「行こうルルーシュ」
繋がれた手の温度。
あぁなんて、自分は幸せなんだろう。

それはつかの間のことかもしれないけれど。
今はとても、満たされている。

ぐしゃりと歪んでしまった顔を見られなくて、良かった。





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