さぁ始めましょう。
秘密のパーティ真っ赤なパーティ。加えてギャンブルもお楽しみに。
仮面はもう外しました?マスクはもうつけました?
今宵は全て忘れて、別の人になりましょう。
みぃんなマスクをつけましょう。


仮面舞踏会 中



「ここでお別れです」
「え?」

煌びやかなホール。仮面越しでもわかるその眩しさに、スザクが目を細めた瞬間だった。
主が、ドレスの裾をはためかせて騎士を振り向いたのは。

「見つけちゃダメですよ。ここでは誰も、マスクの下を知ってはいけないのですから」
翻るスカート、増えていくマスク。スザクがとっさに伸ばした手は、何も、掴めなかった。

守るべき主を見失った騎士はこれからどうするべき?

「探さ、ないと」
髪の色は覚えている髪形だって覚えているドレスだって覚えている。
けれど。
もし、髪形を変えられたら?マスクを変えられたら?ドレスだって取り替えることは可能だ。
見つけられないようにするのは、至極簡単。
それでも見つけられないとわかっていても、スザクは探すしかない。スザクが騎士である限り。それが、彼女の騎士であるということ。



くるりくるり
音楽に合わせて揺れるドレス。傾く仮面。
「楽しみましょう?」
「おや、君は随分と若いようだね」
「大丈夫よ、すぐに慣れるわ」
「踊って下さらない?」
「楽しみなよ、今だけだよぉ」
「誰も貴方のことも私のことも知らないなんて、素敵じゃない?」
「今夜の相手、私にしない?」
「一夜限りの恋をしましょう」
気づけば何度も何度もマスクの手を取りくるりくるり。
「ワインはいかがですか?」
「フルーツです」
「スィーツはいかがでしょう?」
「あちらに料理が並んでいます」
出来るだけ、輪から外れようとくるりくるり。
もう何人の手を取ったのだろうか。何人の手を離したのだろうか。



ようやくたどり着いた、壁際。
とにかくこの空間から出たくて、スザクの足はバルコニーへと向かう。カーテンと窓を開けて、歓声が外の漏れるのさえもたまらないというように、素早く閉めた。
もう、役目なんて考えられない。

もう、自分は枢木スザクの仮面をつけてはいないのだから。

「酔い覚ましなら、他所にいってもらおうか」
くるりくるり。かけられた言葉が脳を回る。
理解するまで、5秒。声の主を見つけるまで、3秒。視線が離せなくなって、何秒?
バルコニーの先客は、漆黒を纏っていた。
夜よりもなお闇に近い。
それは少し跳ねた黒髪のせいでも、細身の黒を基調とした繊細なドレスのせいだけではなく、彼の人の、雰囲気のそのものが。
その空気に、ふいに、目覚める。

「先に貴女がいたとは知らず、失礼しました」
慌てて姿勢をただし、陳謝を。傲岸不遜な口調と先程までの会場の中とは一線を画す空気は、とても清浄に感じた。同時に、申し訳ないとも。理由は、明確にはなかったけれど。

「…?酒に酔っているんじゃないのか?」
謝罪は綺麗に頭を下げて行われ、その姿はとても酔い覚ましに外の空気を吸いに来た者とは思えなかった。
「いえ、一口も飲んでいません。だた、会場の雰囲気に」
「あぁ、初めてか。なら仕方ないな。酒に酔ったのではないなら、場所を変えなくても良い。戻るのは嫌だろう?」
「ありがとうございます」
そこから途切れた会話。もっと、声が聞きたいという欲求に、スザクは従順に従った。
「あの、お酒は、お嫌いですか?」
「酔っぱらいが嫌いなだけだ。あとは、臭いだな」

「お前、主に仮面舞踏会のマナーを教わらなかったのか?」
次は何を話しかけようと考えるスザクに、声は望む人から与えられた。
「作法が、あるのですか?皆様マスクをつけて来られるので、粗相をしても大丈夫だと言われたのですが」
どんな言葉であれ、声をかけられたことが嬉しかった。だから即座に返答する。
「あぁ、確かにな。だからお前も、俺に敬語を使う必要はない。俺が、自分のことをワタシと言わないのと同じようにな」
真っ白なマスクとそれに負けないくらい白い肌。動く紅い唇から、目が離せない。
その唇で紡がれた言葉なら、どんなことでも喜んで従える気がする。
「…わかった。教えてくれないかな、マナー」

「バルコニーに繋がる窓にカーテンが閉めてあったら、入ってこないのがマナーだよ」
窓を見れば、きっちりとカーテンが閉められていた。
「っ!ごめん!!」
「意味は、『イイコトしてるから邪魔しないで』だ」
「えっそれって」
でもここにいたのは彼の人たった一人きり。
それに、彼は場所を変えなくていいと言っていた。その真意は?
「勘違いするな。カーテンの意味はソウイウコトだが、俺は待ち合わせをしていただけだ。それも終わったし、相手は誰も来ない」
「なら、なんで」
それでもまだここにいるのだろうか。
「俺の目的は人に会うことだ。じゃなきゃ来ないさ、こんなところ。目的は果たしたが会場に戻る気もない。だから迎えが来るまで、ここで時間を潰そうと思っただけだ」
「そっか、良かった。邪魔したんじゃなくて」
「良かったな、ここに逃げてきて」
人を小馬鹿にするような口調も笑みも、いつもなら不愉快だと思うのに目の前の人にされると目が離せなくなるのはなぜだろう。

邪魔だと思った。この、マスクが。
外せないと思った。この、マスクが。
マスクがなければ、目の前の人の顔が見えるから。
マスクがなければ、自分は騎士に戻らなければいけないから。

「時間潰しに、付き合ってもいいかな?」
「お前の主が構わないのなら」
「逃げられちゃったんだ」
「ほぉ。それはまた、随分と大胆なオヒメサマだな」
「なんでわかるの?僕の主とか、オヒメサマとか」
「姿勢を見れば、な」
「すごいね。ねぇ、名前を聞くこともマナー違反?」
「当然だろう」
「ねぇ、寒くない?」
「寒いなら中に戻れ」
「僕は平気だけど、君が。肩出てるし、寒そうだよ」
「俺は平気だ」
「強がり。風邪引いても知らないよ?」
「どうせ、今日だけだ」
「うん。そうだね。今日だけだ」

「だから、はい」
パサリ、という音と同時に、目の前の人が、温もりを感じてくれればいいと思う。
上着をかけられたのだと、マスクという狭い視界から理解できい可愛い人は、きょろきょろと左右を見回している。
「かけてて、それ」
「これ、お前の」
視線を戻したところで、スザクの上着が消えていることにようやく気づいたようだ。
「うん」
「なんで」
「だって、明日風邪ひいても、君に会えないでしょ?だから、風邪引かないように」
「なんだ、その理由」
「だってそのままだったら絶対気になるから。昨日会ったあの人は、風邪引いて寝込んだりなんてしてないだろうかって」
「変なヤツ」
くすっと漏らされた笑い声が耳に心地よい。
かけた上着を、両手で左右から手繰り寄せて前を合わせる仕草が、まるで寒空の中放り出された子どものようで。
この腕で守れたらと、かき立てられた欲が庇護欲だけだったら良かったのに。

きょうだけはいまだけはべつじんになれるのよ。

それはどのマスクが言ったことだろうか。もう、覚えてなどいないけれど。

伸ばした手は、黒髪に触れ、そのまま、引き寄せた。
「これも、風邪を引かないように、か?」
硬い声。そんな声よりも聞きたい声があるのに。
「うん。でも本当は、僕がそうしたいから」
低い体温。どれだけこの夜の帳の中にいたのだろうか。たった一人で。
自分が待ち合わせの相手なら、そんなことは絶対にさせないのに。
「あたたかいから、許してやる」
望んだ声と、シャツが、握られる感触に泣きそうになる。
「うん、うん。ありがとう」






ずっとずっと、そうやっていられたらいいのにね。
まるで世界に2人だけみたいに。
でもマスクはいつか、外れるの。
マスクを結ぶ糸が切れるまで、つかの間の温もりをどうかどうかお大事に。





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