[2] 瞼の内側に隠されたもの


カラン カラン    カチャ ン
ロイドが無造作に開け放った扉をスザクは丁寧に閉める。
きっちりと扉が閉まったことを確認して、顔を上げて見る店内。

声を、なくした。

オリエンタルとでも言えばいいのか、焚かれた香に見たことも無いような調度品の数々。繊細な刺繍の施された布、光輝く陶器、使い込まれた年代物のテーブル。
そして何よりも、薄布が幾重にも下げられた一角にいた、人形に。

夜を切り取ったかのような黒髪、象牙のような白い肌。
艶やかな深紅のドレスによってより引き立てられている。

「掘り出し物でございますよ、お客様」
吸い込まれるように固定された視線と意識を遮ったのは低い声。
はっと顔を向ければ、にっこりと微笑んでみせる眼鏡をかけた美丈夫。
「宵闇姫、と申します」
「そのプランツを持って帰るのが、僕らの任務〜」
断りもせず椅子に腰掛けたロイドが嫌そうに眉をしかめた。
ひらひらと振ってみせるのは、光を反射する黒いカード。
「・・・プラン、ツ?」
「あぁ、お客様はご存知ではないのですね。よろしければご説明させていただきますが?」
「お願いします」
勧められた椅子に座れば、タイミングよくお茶が出された。良い香り。日本茶ではないのはわかるけれど、何だろう。
「プランツとは、観用少女(プランツ・ドール)の略称でございます。そうですね、生きたお人形、とでもいいましょうか」
「生きてるんですか!?」
「はい。今は眠っておりますので、本当に人形のように見えますけれど。相性と言いますか波長と言いますか、とにかく“合う”お客様がいらっしゃいますと、目覚めるのですよ」
流し目で店主は微笑む。見えない眼鏡の奥。まるで、ロイドを二人相手にしているような。
長い指で持ち上げる急須。注がれるのは何色?
「プランツはミルクと砂糖菓子、そして何よりお客様の愛情を糧に生きるお人形です。お一ついかがですか?」
指すのは置かれたお茶菓子かはたまた人形か。
「いえ、」
お茶を濁したスザクに店主は微笑んだまま話を続ける。
「あぁ、少女と書きますが、現在では少年型もございますよ。宵闇姫のような」
よいやみひめ の ような
もう一度頭の中で繰り返し、それでも信じられずにスザクは問う。
「少年、型?」
「はい」
「でも、あんなに綺麗で、ドレスだって」
「あぁ、ドレスですか。それは、その方がご趣味に合うかと思いましたので」
サラリ、とどこからともなく取り出した紙片に筆で書かれるのは、見事なドレスの絵と値段。
いや、そんなことよりも。
「あは〜。あの変態社長の趣味、よくわかってるねぇ」
スザクを置き去りにロイドは雇い主を哂う。
「ありがとうございます」
頭を下げてみせる店主も中々のもの。
ついていけないのは、いたいけな、少年。
「ロイドさん!?え、社長、って」
「宵闇姫は、シュナイゼル社長のご予約商品なのですよ」
商品?こんなに綺麗なのに。生きていると言ったのに。
「悪趣味で性悪、ってことだよぉ。このお人形もかわいそうだよねぇ。望んでもいない人間に買い取られる上に、主以外の人間が迎えに来るんだからさ」
それは蔑みか、同情か。
けれどそんなことよりもスザクに衝撃を与えたのは。
「社長の、もの」
数回だけ立ち入ったことのある社長室。あそこに彼は鎮座するのだろうか。目を閉じたまま。
あぁそうだ彼は目を閉じているんだ。目の色は何色なんだろう。
僕が、目覚めさせることができたなら。

邪魔なドレスなんて剥ぎ取って抱き上げて連れて逃げるのに。

出来るわけない夢の終幕はひどく現実的だった。
「お会計、お願いねぇ」
「こちらにサインを。品目と領収書はこの中に」
「どぉも。僕は確認しなきゃいけないことがあるから、君は先にアクセサリを積み込んでくれない?」
「―――はい」
装備品なんて皮肉な声の示す先には積み上げられた箱、箱、箱。
靴にドレスにアクセサリー。トランクはすぐに一杯になった。
「ロイドさん、終わりました」
「あーりーがーとーおー。それじゃぁもらってくね」
店主にひらひらとカードを振り、ドアノブに手をかけたロイドはスザクを振り返る。
「帰りは僕が運転するから。君は彼と一緒に後部座席ね」

カラン
見送るベルに閉じられた扉。
取り残されたのは、誰。

「そうそう、先程言い忘れましたが、目覚めたプランツには一日三回、人肌に温めたミルクをあげるんですよ。砂糖菓子は間食というか嗜好品ですね。本日はお買い求めいただけませんでしたが、人が食べても美味しいものですから、一瓶ずつ、差し上げましょう」
サービスですと店主は笑う。
「宵闇姫は本当に、掘り出し物でございますよ、お客様」

僕が、目覚めさせることができたなら。
邪魔なドレスなんて剥ぎ取って抱き上げて連れて逃げるのに。
僕は、目覚めてしまったんだ。
彼も同じように、目覚めさせることが、できたなら。



運転席で溜息をついたのは、シェイクスピア?





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