さて、大変なことになった。
目の前にはにこやかな笑みをたたえるジャーファル。隣にはモルジアナとアラジン。少し離れた王宮のテラスでは、シャルルカン、マスルール、ヤムライハが楽しげに見守っている。
中心に置かれたアラジンは汗が止まらない。

ジャーファルの武器は鏢である。赤い紐の先につけられた重みのある刃で攻撃をする。バルバットで少し目にした程度だが、剣と違って間合いを測るのは難しく、またどれほどの長さかもわからない。
ジャーファルの仕事が一段落するまで、作戦会議として3人で対策を練る時間を与えられたが、今回の目的はあくまでクーフィーヤに隠されたものである。アリババとアラジンで引きつけている間に、モルジアナの瞬発力でもってクーフィーヤを奪うという、作戦と言うには奥の手も何もないシンプルな結論に落ち着いた。
アリババとしては己の抱いた疑問である、クーフィーヤを自分の手で取れないのは残念ではあったが、3人で挑むのだ。より成功率の高い方にかけた。
そして何より、なぜジャーファルを相手にするかと理由を話した時、隠された秘密に二人が同じように興味を持ってくれたことも大きかった。
3人で、そのクーフィーヤに隠されたものを見つける。
自然に立っているようで、攻め入るきっかけが見つけられないジャーファルに背筋がゾクゾクとするのは、決して不安だけではない。とても気分が高揚している。

「どうしたんですか?私に見せてくれるんでしょう、強くなったあなたたちを」

ゆったりとした袖口から現れるのはお菓子だけではない。
「こないのならば、私から参りますよ?」
官服がはためいたと思った瞬間、目の前を赤い紐がよぎる。
反射で後ろに下がるが、距離が足りない。
「アリババさん!」
モルジアナの声が耳に届くより先に、鏢が空を切る音がした。
剣を持つ右手が引っ張られ、身体が宙に浮く。
「灼熱の連弾!」
アラジンの生み出した熱の球がジャーファルへと飛ぶ。
「ふふ、上手ですね」
その熱気の中をかいくぐってモルジアナが駆け抜けるが、ジャーファルの涼しげな横顔は崩れない。
僅かな仕草で炎を避けると、捕えたアリババをモルジアナに向かって投げつけた。
「ぐっ!」
「大丈夫ですか!?」

「よそ見している暇はありませんよ」
モルジアナの足には紐が絡みついていた。
「―っ!アモンの剣よ!」
咄嗟に切ろうと動いたが、それは、間違いだった。
魔力を発動させ振りかぶった腕が、あらぬ方向へと引っ張られる。仰ぎ見た剣の先には、アラジンがいた。

世界がスローになり、炎を纏った剣先がアラジンへと近づいていく。声の限りに叫んだはずなのに、アリババの耳には何も聞こえなかった。
アラジンが杖を構え、魔力を相殺しようとしている。モルジアナは大丈夫だろうかと、急に不安になった。
ぶつかる、その瞬間に風を切る刃の音が急に聞こえた。



遠くでパパゴラスの鳴く声が聞こえる。風にそよぐ木々の音と、太陽の光。
「大丈夫ですか?アリババくん」
顔を上げれば、心配そうにこちらを見下ろすジャーファルがいた。
「今、どうなって……」
「モルジアナに向かって放っていた鏢をアラジンに投げて、アリババくんの腕に巻きつけていた方は地面に向けてぶつからないように二人の軌道を変えたんですよ。ギリギリまで待っていたので、少し乱暴になってしまいましたね」
見渡せば、モルジアナの膝にアラジンが投げ飛ばされていた。
「みんな、痛いところはありませんか?」
立ち上がってみれば、多少の擦り傷はあるものの、シャルルカンと修行をする時に比べて怪我は少ない方だった。
「大丈夫です」
「私たちも」
「大丈夫だよ!」
モルジアナとアラジンも立ち上がり、こちらへと歩み寄る。
「お疲れ様でした。では、休憩しましょうか」
クーフィーヤを奪うどころか、触れることすら叶わなかった。ジャーファルは乱れなど何一つない官服を翻し、シャルルカンたちの待つ席へと向かっていく。
見下ろした腕には、うっすらと赤く紐の跡が残っていた。痛みも感じないほどの薄さで、今しがた起こった出来事を、アリババはまだ上手く処理できないでいた。





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