夢の雫 1


(イオン side )

私、夢見てる。

世界は色で満ち溢れてたけど、私にはそれが夢だってわかった。
だって音がしないから。
だって知らない女の人が笑ってるから。

お兄の隣で。

お兄とその女の人はとっても幸せそうに笑ってて、お兄は私が知ってる中でも一番とびっきりの笑顔だった。
お兄!って呼んだけど、お兄は私の方なんてこれっぽっちも見てくれなくって、その女の人と手をつないで向こうの方に歩いてく。
私のいるのはそっちじゃないのに。そっちはとっても遠いとこなのに。

待って!待って!待ってよお兄!!その女の人だれ?ねぇ誰!

「待って!!」



チチ…チッチチ…チ
鳥の声、人のざわめき、風の音。
私の世界は一気に音を取り戻し、目の前には澄み渡る青空と木々の緑が飛び込んできた。頬には草の感触。それと、水滴。
息を吸い込めばヒュゥっと掠れた音がした。
ココは学校で、人の声も遠くの方でしていて、お兄も六甲もどこかの教室にいて、チルダやソニアだってきっとすぐ近くにいるのに。それなのに!
なんでこんなに寂しいんだろう。
「ひっひぅっ…ふぅっ………う、あぁぁぁぁぁぁん!」
まぁるくなって、まるで子どもみたいに、声を抑えられずに泣いていた。だって止まらないんだもん!
「うわぁぁぁぁぁん!!」




(DX side )

イオンが微笑っている。大口あけて、けらけらと面白そうに笑うのではなく、たとえば大好物のお菓子を口にしている時ような、そんな満ち足りた笑顔だ。
でもその笑顔は俺に向けられたものではなくて、他の誰かに向けられたものだった。
そいつの顔は見えない。後ろ姿しか見えなくて、カイルのような、他の誰かのような、なんともはっきりしない姿。
イオンはそいつと楽しそうに話しているようなんだが、何を話しているかすら聞こえない。
苛立ちのまま、イオン!と声を上げてよんでみる。それなのに。いつもなら、「なーに?お兄」ってすぐ振り向いて寄ってくるくせに。
イオンは俺の方なんか見もせずに、その男に手を引かれて遠ざかっていく。
待て、イオン!誰だそいつ。どこに行く!
足元が覚束なくなって、地面が抜けた気がした。まっさかさまに、落ちる。



ガクンっ
音で目が覚めた。正体は、机と床がこすれる音。ぼやけた視界に瞬きをする。あぁ、夢だ。夢だったんだ。
「ルッカフォート兄、どうした?」
「すみません、教科書落としました」
「目ェ覚ませよ。次あてるぞー」
教師の声に適当な嘘をつけば、笑ってお見通しだぞと脅された。衝撃で床にダイブした教科書を拾えば、フィルと目が合った。
(めっずらし〜)
(んーそうかも)
口パク状態で会話し、教科書を机に置けば勝手にページがめくられた。
(六甲)
そこまでしなくてもいいのに、六甲は気を使いすぎる。
(珍しいですね、若様が見つかるような居眠りをするなど)
(夢見が悪かったんだよ)
そう、夢見が悪かったんだ。イオンが他の男と一緒にどこかへ行ってしまうなんて。
(最悪だ)
ため息とともに視線を窓の外へと流す。いい天気だ。草の上で寝転んで昼寝したくなるぐらいの陽気だがさすがにもう一度寝なおす気にはなれない。日差しに目を細めたとき、耳に音が飛び込んできた。

ぁぁーーーーーん

(?………六甲、今の、聞こえたか?)
(はい)
確認すれば、またさっきの声が聞こえた。どこか遠くで子どもが泣いている声。
いや、違う。この声は知っている。この、声は。
(姫様!)
緊迫した声が頭上から聞こえる。
(六甲、先に行け!)
(はっ)
イオンが泣いている。間違うわけなんてない、あれはイオンの声だ。
「ミスター・トッド。すみません、腹が痛いので保健室に行ってきます」
おざなりに教師に断りを入れて、席を立つ。
「ん、ルッカフォート兄!?」
「失礼します」
とっとと教室を出て、廊下の窓から飛び降りる。落下している最中にドアの開く音がしたけれど、後のことを考えてなどいられない。
はやくはやく、イオンのところへ。それ以上に重要なことなんて、何もない。





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