夢の雫 2


(イオン side )

ぐわんぐわんって頭の中で音がしてる。遠くのほうで子どもみたいな泣き声が聞こえる。いたいよ。
あんまり開かない目が熱くて、悲しいのが止まらなくて、きっとソニアとチルダがイオンっていっぱい呼んでくれてるのに、全然足りなくて、名前を呼んで欲しくて、息ができないの。たすけて。
「ひっひぅっ…くぅ…っ、に、いぃぃ」
どこにいるの、どうして来てくれないの。おいてかないで、ひとりにしないで。
「おにぃぃぃぃぃっ!」

ぶわっって、風が冷たいほっぺを撫でたのがわかった。目の奥までとどくチカチカしたお日様の光が見えなくなって、見上げたら、一番大好きな光の色があった。
「どうした、イオン」
「…………お…にぃ?」
ちゃんと見たくて、何度も瞬きするけど全然見えなくて、ひぅっって喉が鳴った。
「ブサイクになってるぞ」
上からかけられた声が段々近くなる。とすっって腰を下ろす音が聞こえて、背中があったかくなった。
「何か拭くものない?」
「…っ!あ、あの!これ、っ!」
「ありがと」
目元に布があてられる。たぶんチルダのハンカチだ。
「あーぐしゃぐしゃ。これもらうね。新しいので返すよ」
「いいの!気にしないで!」
「いいって。ほらイオン、鼻かめ」
反射的にちーんって鼻をならす。
「んむっ」
「ちょっとはマシになったか?」
ぱちぱち、瞬きしたら、目の前に眉を下げたソニアとチルダがいた。首を後ろに向ければ、ずっと呼んでた光。
「おにぃ」
「どうした、イオン」
お兄だ。お兄が来てくれた!あの女の人のとこじゃなくて、私のとこに来てくれた!
「おにぃぃぃぃっ」
もう置いてかれないように、ぎゅってお兄に抱きついた。首の後ろに手を回して、背中にしがみついて、絶対に離れないように。
「イオン?」
お兄が困った声しても絶対に離れない。だって離れたら、お兄はどこかへ行っちゃうもん。あの女の人のところに行っちゃうかもしれない。そんなの嫌。やだよぅ。
一度止まった涙がまた溢れてきて、止まらない。頭の中がぐちゃぐちゃで、お兄を離しちゃだめだってこと以外わからない。
「いっひぅっ、にぃ、おにぃぃ!」
お兄はここにいるのに、捕まえてるのに、寂しくて仕方ないよ。




(DX side )

困った。本当に困った。正直言ってお手上げだ。わけがわからない。
駆けつけてみればイオンはボロボロ泣いているし、一回泣き止んだと思ったら抱きついてきてまた泣いた。いや、また泣き始めた、だ。現在進行形でウチのお姫さんは大泣きしている。
イオンの様子と六甲の報告から、イオンが誰かに傷つけられたという線は皆無に近いことだけはわかった。一応「何かあった?」とその場にいた女子2人に聞いてみたが、困惑した顔で首を傾げられただけだった。
「イオン、泣いてちゃわからない。どうした?」
何度目ともわからない問いかけにも、イオンは首を振って額を肩に押し付けてくるだけ。多分言えないんじゃなくて、自分でも整理できてないんだろう。
うぅ〜、と泣き声に混じって唸ってるのが聞こえてくる。時折泣き過ぎたのか咳き込む振動も伝わってくる。
(DX様、一度お部屋に戻られては)
(……そうだな。ここに長居するわけにも行かないか)
「えーっと、ソニアにチルダ?」
「何かしら」
「この後の授業、イオンは体調不良で休むから」
「それは良いけれど、イオンをどこへ?」
「俺の部屋」
そう答えると背の高い方が顔を顰める。何が悪いんだ?
「ソニア…」
眼鏡をかけた方が制服を掴んで何かを訴える。それに睫を伏せることで応えると、ふぅーと息を吐いて俺を睨みつけてきた。
「なに?」
「イオンを、頼むわ」
いや、頼むって顔じゃないけど。
「お、お願いしますね!こんなにイオンが泣くなんて、きっと余程のことがあったのだと思うから」
あからさまに対立したせいか、眼鏡の子が間にはいってお願いしてきた。いや、お願いされる必要はないんだけどな。
(DX様)
(あぁ、すまない)
夢見が悪かった上に、イオンの理由のわからない涙のせいで気が立っていたらしい。静かに指摘してくれる六甲に感謝した。
「ありがと。じゃ、授業の方はお願いするよ」
これならいいだろ。まだ背の高い方の目つきは鋭かったけど、俺が気にすることじゃない。
ひっついたままのイオンの背中と膝裏に手を回し、抱き上げる。鍛錬中に持ち上げるのとはまた違う重さがかかり、力が抜けているのを感じる。胸の中でイオンはまだぐずっているようだけれど、体の強張りは解けたようだ。
部屋についたら、ゆっくり話を聞いてやればいい。





≫ next







inserted by FC2 system