失恋シミュレーション


たとえば一緒に登校できた日には、ネタで済まされるシミュレーションをする。

「ざいぜーん!おはようさん!」
「朝っぱらからほんま元気っすね」
髪色に負けないきらきらした笑顔で俺に手を振る謙也さんに、ピアスをいじりつつそっけない態度を取る。
間違っても口元も目元も緩ませてはならない。鈍いこの人には気づかれないだろうけど、油断は禁物だ。
「最近暑すぎちゃう?アイス食べたなるわー。ちゅうか廊下に貼られとる標語、誰作ったか知っとる?『1日2アイス』とかどこの回しモンやねん!あれ見ると2コはないやろー、けど1コなら食べてもええやんなーって思うてまうわ」
「・・・はぁ」
二人きりで歩く時間はあっという間で、謙也さんの、毎日何をそんなに話すことがあるのかわからないくらい雑多な話を聞き逃さないように集中する。視線はなるべく前で、小さく相槌を打つ時だけちらりと謙也さんの方を見る。
好きな人のことはずっと見ていたいーだなんて、白石部長のファンが言っているのを聞いたことがあるけれど、生憎俺は恋してますーなんてあからさまな瞳で見続けるわけには死んでもいかないのだ。
だから少しずつ、少しずつ見て記憶に貯め込むしかない。
校門が近づくにつれ、謙也さんに声をかける人が増えていく。そうすればアイスの話題なんてあっという間に終わってしまって、結局今日謙也さんが食べたいアイスがなんなのかはわからず仕舞いだ。
別に、何を食べるのも謙也さんの自由だけど。アイスきっかけで帰りに一緒にコンビニに行けたかもしれへんのに、とか、思ってしまう。ほんま女々しい。きもい。
はぁ、と勝手に零れた溜息を謙也さんは今日も上手に拾ってくる。
「朝から溜息かいな!夏バテか?気ぃつけやー食べれるもん食べんと、ほんま倒れるで。帰りアイス買うてこか?あ、丁度門ついたし、まずは謙也さんが笑わせたるでー!」
ぐしゃぐしゃと、嫌がって見せても止められるのことない髪をかき混ぜる手も、帰りに誘ってくれたことも、心配してくれることも、何もかもが嬉しくて、思わず先に校門に向かった制服のシャツを掴んでしまった。

「好きです」
ぽかんとした謙也さんは、視線を空に飛ばしたあと、大きなしぐさでバンバンと肩を叩いてくる。
「どんなボケやねん!いっつもネタスルーして登校する癖に暑さでやられてもうたん?」
「謙也さんツッコミおもんないですよしんでください」
「俺のせいちゃうやろ!?」
「帰りのアイスは雪見で手ぇ打ったりますわ」
「あーもー!しゃーないやっちゃなぁ」
乱雑に頭を撫でられて、何事もない先輩と後輩になる。登校中の生徒たちももう俺らのことなんて気にせずに、誰かのネタに笑ってるけど、面白いことなんて何もない。



「財前?」
ぐん、と引き戻される感覚がして、瞬きをすると不思議そうな顔をする謙也さんがいた。
シャツを掴んだところまでは現実だったらしい。
どう誤魔化そうかなと思ったら、具合悪いん?と心配された。
具合が悪いと言ったらきっと保健室送りになって、帰りも真っ直ぐ帰宅させられてしまう。
けれど変に勘の鋭い謙也さんを誤魔化せる答えも思い浮かばなくて、代わりに心配されるなんて不本意だという顔をつくってやる。
「…ちょお、眩しくてグラつきました」
「ちゃんとご飯食べとるんやろな?帰りアイス買うたるし、がんばりやー」
「はぁ」
やった、一緒に帰れる。なんて喜ぶ顔を隠していつも通り無愛想な返事をする。
こんな可愛くない後輩に構う謙也さんは本当にお人好しだ。





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